オーストリア

 

 しばらく前に読了した、こちらのミステリー。

 

刺青の殺人者

刺青の殺人者

アンドレアス・グルーバー:著 酒寄進一:訳

 

 作者は、ドイツ語圏で大人気の、オーストリア人作家。前作『夏を殺す少女』もそうでしたが、独特の暗さと、重厚な空気感、かつスピーディーな展開という、読み応え抜群のミステリーでした。とくに終盤は、まさに手に汗握る展開で、はやる気持ちでページをめくりました。

 本作も前作同様、若い女性弁護士・エヴェリーンと、中年シングルファーザー(ちなみに喘息持ち)の刑事・ヴァルターがダブル主役という形です。ふたつの物語が交差し、最後はひとつになって怒涛のクライマックスへ!テンポアップするまでの序盤から中盤、もうちょっとじっくり読みたかったのですが、ここのところゆっくり読書する時間がなく、ちょっと流し読み気味になってしまったのがもったいなかった……。

 グルーバーは、『黒のクイーン』(男性の探偵・ホガートが主人公のシリーズで、古典映画が題材となっている)、『月の夜は暗く』(女性捜査官・ザビーネと変わり者の男性分析官・スナイデルのコンビのシリーズで、古典文学が題材)と、複数のシリーズをかき分けているようです。

 個人的には、スナイデルのキャラクターが魅力的(というか個性的)な『月の夜は暗く』が、いまのところシリーズ中いちばんかなと思っています。作中、『もじゃもじゃペーター』という絵本が出てくるのですが、タイトルだけで読みたくなりました(といっても、これを「見立て殺人」に使うくらいなので、子供向け?と思いたくなるような残酷物語のようですが……)。シリーズの続きは本国では刊行されているようなので、翻訳が出るのを楽しみにしています(出てほしい!)。

犬の写真

 

 ここのところ、細切れ読書が続いていて、なかなか長編一冊が読み切れません……。そんな仕事の合間に読むのにぴったりなのが狄浚姚瓩任后

 いま手元に置いてあるのが、こちらの図鑑。

 

 

世界の美しい犬101

写真:レイチェル・ヘイル・マッケナ

出版社の作品紹介ページ→パイ・インターナショナル

 

 マイナーな犬種の写真も多く(キャブードル、スプードル、ゴールデンドゥードルといった、混血種も取りあげられているし)、写真のポーズもちょっと変わっていて、個性的な写真集です。どの写真も絶妙なシャッターチャンスをとらえているので、眺めるだけでほっこり。

 ずいぶん前、ゴールデンレトリバーを飼っていたのですが、あの優し気な表情と立派な毛並みは、ほかの犬種にはない魅力だと、いまでも思います。犬、といえばゴールデンレトリバーを思い浮かべてしまうので。もちろん、雑種だろうが純血種だろうが、犬はみんなかわいい!

 こうした写真集や図鑑など、犬に関係した書籍の翻訳をすることは、わたしにとって大きな目標です。

水滴

 

 ここのところ、意識してノンフィクションを読むようにしています。そして出会った本がこちら。

 

煙が目にしみる

煙が目にしみる:火葬場が教えてくれたこと

ケイトリン・ドーティ:著 池田真紀子:訳

出版社の作品紹介ページ→国書刊行会

 

 夜寝る前に少しずつ読もう、と思って読み始めると、面白くてぐいぐい引き込まれてしまいました。狒魑鍬瓩テーマの本なので、おもしろい、と言っていいのか?ですが、ちょいちょい顔を出す著者の爛屮薀奪すぎる瓮屮薀奪ユーモアに、笑わずにはいられませんでした。

「初めてひげ剃りをした死体のことを、女は死ぬまで忘れない」と、なんだか退廃的なフィクションのような書き出しで始まります。幼いころに目撃した犹爿瓩鬚っかけに、死というものにとらわれてきた著者ケイトリン。大学卒業後(大学では中世史を専攻し、犹狎鹸儉瓩亡悗垢誅席犬鯑匹澣り、猖盻裁判瓩鯊艦世離董璽泙冒んだらしい)、まさに敵陣に乗りこむ意気込みでサンフランシスコの葬儀社に就職し、火葬技師(そんな職業があるとは知りませんでした)として働き始めます。そこでの体験をもとに、ケイトリンが見た死者や家族の姿、アメリカの葬儀の現実、死に対する意識と、ケイトリン自身の葬儀への思いを綴ったのが、この回想録『煙が目にしみる』です。

 この本を読みながら、わたし自身がかかわった葬儀を思い起こし、葬儀というものは、亡くなった人のものである以上に、見送る人のものなのかもしれないなと、あらためて感じました。当然、生前葬でもなければ、実際に葬儀を執り行うのは遺族(もちろん、遺族以外の場合もありますが、どちらにしても亡くなった人以外の誰か)です。昨今、終活やエンディングノートという言葉が聞かれるようになりましたが、自分の葬儀をどうする(どうしてほしい)のか、決めている人は少ないでしょうし、わたしもはっきりと意思表示したことはありません。それをしておくべきかどうか、ということも含めて、いろいろと考えさせられる本でした。

 死というものを研究(追及?)していた著者だけあって、さまざまな文化の葬儀や死生観が紹介されているのも、読みごたえがありました。日本の「イザナギとイザナミの神話」や納棺師の話も登場します。そうした知識と葬儀社での現場体験をもとに、著者ケイトリンは狒魑轡廛薀鵐縫鵐悪瓩硫饉劼鮴瀘し、狒魑靴療粗算姚瓩茲蹐靴、精力的に情報提供などの活動を続けているそうです。

 ここ数年読んだ本のなかに、同じテーマを扱った本はなかったので(葬儀がテーマの本なんて、そうそうないと思いますが……)、貴重な読書体験ができました。翻訳書の存在意義である異文化体験、それもかなり異色の体験を提供してくれて、なおかつおもしろいという、人にすすめたくなる(食わず嫌いせず、ぜひ読んでほしい)一冊でした。

青い万年筆

 

 22日は翻訳ミステリー大賞授賞式が東京で開催されました。地方からえっちらおっちら上京して、こっそり参加してきました。

 今年の大賞は、『その雪と血を』でした! 本賞は授賞式会場での生開票なので、目の前で大賞が決まって大興奮。しかも、自分が読者賞で一票を投じた作品が大賞を受賞したので(読者賞とのダブル受賞)、とてもうれしかったです。『その雪と血を』は、ことあるごとに勉強仲間や読書仲間におすすめしてきた作品なので、なんだか感慨深いものが……

 

その雪と血を

 

 授賞式では、対談あり、出版社対抗のイチオシ本バトルありと、盛りだくさんの内容で、駆け出し翻訳者としては、ひじょうに勉強になりました。一日で一気に「読みたい本」が増えて(増えすぎて)、途方に暮れています。

 

 数日前から読み始めて、東京に着く前に読み終わった本もミステリー。この作品を旅のお供にしました。

 

青鉛筆の女

 

青鉛筆の女』 

ゴードン・マカルパイン:著 古賀 弥生:訳

出版社の作品紹介ページ→東京創元社

 

 「凝りに凝った」という表現がぴったりはまる、説明するのがちょっと難しいミステリーです。ストーリーは、「A:タクミ・サトーという日系アメリカ人の作家による、日系アメリカ人(スミダ)が主人公のミステリー」、「B:その作家がウィリアム・ソーンというペンネームで執筆した、ジミー・パークという朝鮮系アメリカ人を主人公とするミステリー」、そして、「C:その作家とやり取りしていた、出版社の編集者からの手紙」という3つのパーツで成り立っています。章ごとに語り手や時間軸が変わるミステリーは多いですが、本来まったくの別物であるはずのAとBが、リンクしながら進んでいく展開は、なかなかスリリングでした。

 

 作品の時代は戦時中で、真珠湾攻撃以降、厳しい立場に立たされた新人の日系アメリカ人作家タクミは、作品を世に出すために、途中まで執筆が進んでいた、日系アメリカ人スミダを主人公とした作品(Aの元作品)を、朝鮮系のジミー・パークを主人公とする作品(B)へと、大幅に変更することを余儀なくされます。出版社の編集者から手紙(C)を介して様々なダメ出し、要求をつきつけられ、タクミはそれにひとつひとつ応じながら、作品を書いていきます。主人公の人種、キャラクター設定のみならず、作品のジャンル(ハードボイルドから低俗なパルプスリラーへ)も変え、あげくの果てにペンネーム(日系人だということを伏せるため)を使うよう迫られ、もう自分の作品とはとても言えないもの(B)を、ひたすら書き続けていく……そんなタクミの感情を想像すると、背筋が寒くなりました。

 こうして不本意な作品を「書かされて」いたタクミは、出兵後、戦地で「書きたいもの」を書くわけですが、それがAです。彼が主人公に選んだのが、Bを書くために「存在を消された」あの日系アメリカ人、スミダというのですから、作家の心情は推して図るべし、です。中断していたAを再び書き始めたともいえるのですが、最初に書き始めた頃とはタクミ自身を取り巻く状況が大きく変わっている。そこで、作品の世界も、中断したところから再開するにあたり「一瞬世界が暗転したかと思うと、何もかも変わっていた」という設定にします(このあたりはちょっとSF風)。

 当然、スミダにしてみれば、まったく訳がわからない状況に放り込まれてしまうわけで、作家が味わった理不尽な仕打ちが、フィクションという別の形で表現されているといってもいいでしょうか。AもBも、単独の小説としてみれば、ミステリーのジャンルに入ると思いますが、この『青鉛筆の女』という作品全体で考えると、最大のミステリーは「スミダがAで味わっている世界」ではないかと感じました。つまり、スミダにとってのミステリーなのではと。

 

 この作品、あまり複雑に考えて読んだり、深読みすると、逆に作品のいいところが見えなくなってしまう気もします。素直に、3つのパーツが交錯する虚構の世界にひたる、というのが正解なのかもしれません。

 

 ところで、アメリカでは、編集者が原稿に「青」を入れる(青いペンでコメントを書く)ので、「青鉛筆」になるようです。これが日本だと「赤」になるわけで、タイトルも「赤鉛筆の女」……なんだか「赤ペン先生」みたいでしまらない感じ。原題がWoman with a Blue Pencilなので、翻訳版のタイトルは直訳なんですね。今年の翻訳ミステリー大賞に選ばれた『その雪と血を』(原題はBlood on Snow)もそうですが、翻訳書を出版するうえで、タイトルの「引き寄せ力」は大きいなと思いました。

春の花

 

 気づけば、日本翻訳大賞が決定していました!!(詳細はこちら

 わたしは、大賞に選ばれた2作品とはまったく異なる作品に投票したのですが(残念ながら最終候補にもノミネートされず)、『すべての見えない光』を読んだとき(その感想はこちら)、長い長い話なのにどんどん読み続けられるということは、やはり言葉(翻訳)の力なのかなと感じました。この作品が日本翻訳大賞に選ばれて、とてもうれしいです。ほかの最終候補作は読んでいないのですが、いずれも素晴らしい翻訳作品だと思うので、機会があったら読みたいと思います(とくに『堆塵館』が気になります……こうして積読本が増えていく……)。

 ともかく、日本翻訳大賞受賞、おめでとうございます!

all_the_light

 

コーヒーと本

 

 先日、出版翻訳を勉強している仲間に声をかけて、リーディング勉強会を開催しました。講師をお招きするコネもないので、参加者がめいめいレジュメを作成し、そのレジュメをたたき台に、各自プレゼン、コメントしあうという形式でした。

 やってみて感じたのは、とても勉強になった!!ということ。これまで、リーディングの通信講座なども受講してきましたが、やっぱり「リーディングは原書を読んでなんぼ、レジュメは書いてなんぼ」なんだなと実感。

 こうした勉強会という形で、締め切りを作ってリーディングをするというのは、実際の仕事に向けての予行演習にもなりますし、モチベーションの面でも大きな刺激になります。そして、自分のレジュメを誰かに実際に読んでもらうという行為は、いい意味でプレッシャーになります。さらに、ほかの人が書いたレジュメを読むと、「こういう風に表現すればいいのか」「こんな工夫もできるんだ」といういろんな発見があります。お互いのレジュメの良いところを真似しあって、次の自分のレジュメに活かしていく。本当に有意義な勉強会でした。

 今回の勉強会用に、わたしはこちらの作品でリーディングしました。

 

The Buried Book  by D. M. Pulley

 

<ストーリー概要>

 1952年夏。デトロイトに暮らす9歳の少年ジャスパーは、ある日突然、母アルシアに田舎の伯父の農場へと連れていかれる。「伯父さんの言うことをよく聞いて、いい子にしているのよ」そんな言葉と、着替えと聖書の入ったトランクひとつを残して、母はどこかへ姿を消した。

 いい子にしていれば、きっとお母さんは帰ってくる。そう信じるジャスパーだったが、アルシアはいっこうに姿を現さない。なぜか警察も、その行方を追っている。実はアルシアには人に言えない過去があり、その過去が、いままた暗い影を落としていた。

 ジャスパーは、偶然見つけた母の古い日記を頼りに、母親の過去をたどりはじめる。そして、悲しみと汚れに満ちた大人の世界へと足を踏み入れる。違法行為、スキャンダル、殺人……。アルシアの身に何が起こったのか? ジャスパーは、母アルシアと再会することができるのか?

 

<感想>

 1950年代のアメリカ・ミシガン州の田舎を舞台にしたクライム・サスペンス。犯罪に巻きこまれた母を探す主人公の少年が、悲しみと困難に立ち向かっていく様子が描かれていて、少年の成長物語としても読むことができるなと思いました。長めの作品ではありますが、テンポよく話が進むので、最後までページをめくる手が止まることはなかったです。

 本作の最大の特徴は、アメリカの農村の暮らしや先住民との関係など、時代的、文化的な背景が色濃く表現されているところ。とくにジャスパーが預けられた農場でのエピソードは、物語の強いアクセントとなっています。

 ストーリーの軸となる母アルシアの過去や、現在軸で起こっている犯罪事件に、居留区や先住民といった存在がからむという構図。白人に搾取される先住民という構図を下敷きに、先住民たちのやるせなさや憤りも描かれていて、物語としての深みも感じられました。

 主人公ジャスパーには、過酷な現実が突きつけられます。都会の生活からある日突然農場に放りこまれるという設定もそうですし、肉体的、精神的に傷つく場面がこれでもかと用意されていて、若干九歳の少年が受ける仕打ちにしては、ひどすぎるような気も……ですが、ジャスパーがあらゆる困難を持ち前の賢さと機転、そして農場での生活で培われていく逞しさで乗り越えていく姿には感動を覚えました!

 ハッピーエンドというよりも、せつないラストなので、読者の好みも分かれそうです。でも、悲しみやせつなさという余韻を残すところも、この作品のひとつの魅力といえるかもしれません。ミステリー好きにはもちろんのこと、ヤングアダルト小説の愛読者にもお勧めしたい作品です。

 Amazon.comでも800件以上のレビューが寄せられているベストセラーなので(本作著者のデビュー作"The Dead Key"(2015)は、レビュー8000件以上で、星の平均4以上という高評価)、翻訳書が刊行されないかと、密かに楽しみにしているのですが、テーマ的に難しいかもしれません……。

 

<個人的な評価>星4

空と鳥

 

 アメリカで話題のベストセラー、翻訳書が刊行されていたので読み始めました。ちょうど終盤にさしかかったところですが、このまま最後まで一気に読みたいけれど、読み終わるのが惜しい、もっと読んでいたい……読んでいて、そんな気持ちになりました。

原書はこちら。

 

 

When Breath Becomes Air by Paul Kalanithi

 

こちらがその翻訳書。

 

いま、希望を語ろう

『いま、希望を語ろう』 

ポール・カラニシ:著 田中文:訳

出版社の作品紹介ページ→早川書房

 

 原書と日本語のタイトルが大きく変わっている点、おそらく賛否両論あるでしょうが、わたしは邦題も素敵だと思いました。"When breath becomes air"は、「吐息が空気に変わるとき」すなわち「命あるもの」だった息が、単なる空気となってしまったとき、と「生と死」を暗示しているフレーズだと解釈しています。邦題は原題とまったく異なるといえばそうなのですが、ここまで読む限りでは、著者のポールさんは「死のなかに生を見ていた」と感じたので、そういう意味からも日本語の「希望」という言葉を使うのは間違いではない気がします。まさに、希望を語っているわけなので。

 ポールさんが最初は医学ではなく、文学を学んでいたというところが、文章にも如実に表れています。随所に文学からの引用や、それ自体が文学(詩)とよべるような言葉が散りばめられています。彼は「生物学と、道徳と、文学と、哲学はどこで交わるのか?」という疑問の答えを得ようとして、初めは文学のほうからアプローチしていたわけですが、やがて「真の生物哲学を追及する」ためには「直接体験」が不可欠であるという結論に至り、生死と直接かかわる医学(脳神経外科)の道に進みます。そしてがんに蝕まれ、それまでは患者のものであり、医師として傍らで寄り添う立場であった「死」が自分のものとなったとき、ふたたび文学の世界に戻っています。そこに、文学の意義、意味を感じました。ポールさんも本書でこう言っています。

死の意味を理解するための言葉を、自分という存在を定義して、ふたたびまえに進む方法を見出すための言葉を探した。直接体験という特権を得たことによって、文学作品からも、学術的な著作からも離れていたのだけれど、今では、直接体験を理解するにはそれを言語に翻訳しなければならないと感じていた。(中略)前進するために、私は言葉を必要としていた。

 何かを書き記すこと、言葉を綴ることは(そしてそれを読むということも)、生きていることの証なんでしょうね(ということは、このブログもある意味わたしの「生存証明」になるのか……)。それにしても、文学の意味を、医師が書いた回想録のなかに見つけることができるとは……意外な出会いでした。

 原文を読んでいないのでなんですが、翻訳がとても読みやすく、おそらく原文で表現されていたであろう、ポールさんの生きるということへの真摯な姿勢や、ひとつひとつの言葉を大事にする気持ちが、翻訳に反映されているのがわかります。エッセイや回想録といったたぐいの作品を訳したことはないのですが、訳者が自分の主観に流されず、かつ、原文から感じとった印象を大事にして、訳者自身の言葉で表現する、ということが、ほかのジャンル以上に求められるのではないかと思いました。

 今日はここまでにして、エピローグは明日読むことにします……。

絵葉書

 

 何を調べていたのかは記憶にありませんが、Amazonでおすすめされたこちらの作品を読みました。

 

その姿の消し方

 

『その姿の消し方』 

堀江敏幸:著

出版社の作品紹介ページ→新潮社

 

 美しい言葉やフレーズが、文学という海のなかをゆらゆらと揺れている。そのなかに浸っているのがとても心地よかった。そんな読後感でした。いくつも、胸に残る・響く言葉と出会えましたし。たとえば、こちらの「読むという行為」についての語り手の解釈というか、思いを綴った文章。

読むという行為は、これはと思った言葉の周囲に領海や領空のような文字を置いて、だれのものでもない空間を自分のものにするための線引きなのかもしれない。詩でも散文でも、この方向で答えを見出そうと読みを重ねているうち、差し出されている言葉のすべてが、しだいにいわくありげな、解釈につごうのよい顔つきになってくる。言葉が思念を誘い出すのではなく、こちらが言葉に幕を掛けたり外したりしながら錯覚を生み出そうとしているだけなのに、私たちはそれをしばしば高尚な読みと称して納得しようとする。

 読むということだけじゃなく、これは出版翻訳にもあてはまることなのかな、と感じました。翻訳をしているとき、作者が書いた言葉を読んで、無意識のうちに、自分の解釈にその言葉を、そして訳文を寄り添わせようとしているんじゃないかと。言葉のうしろにある(作者の、あるいは登場人物の)思念を読み取ろうと努力をするのですが、気づけばこちらの思念に言葉(訳文)を引き寄せようとしてしまっている。そしてその翻訳が活字になって、だれかの目に触れたとき、また同じことが起こるのでしょう。

 翻訳という行為は、翻訳者が原書を読むなかで得た錯覚(その言葉が当初書かれたときに、そこにあったであろう思念をつかんだという錯覚)に頼るしかない。あきらかな錯覚(誤訳)を避け、作品やその言葉の真意に限りなく近い錯覚を感じとるには、どうすればいいんでしょう。読めば読むほど、違う方向へと思念が離れていってしまうこともあるわけで……。本当に難しいです。

 

 この作品には詩が登場するのですが、それがまたなんともいえず、不思議な雰囲気と味わいを持っています。詩って、とっつきにくいな、と敬遠しがちなのですが、だからこそ、その言葉から感じる印象や感覚を素直に味わえる文学の形態なのかもしれません。言葉がそのまま体に入ってくる感覚が味わえます。

本と花

 

 先日読んで、あまりにおもしろかったので、リーディングの練習にとレジュメを書き始めた作品。とっくに版権が動いていて、翻訳版が出版されるようです!

 

渇きと偽り

 

渇きと偽り 

ジェイン・ハーパー:著 青木創:訳

出版社の作品紹介ページ→早川書房

 

↓原書はこちら。

 

The Dry by Jane Harper

 

 自分が目をつけた作品の翻訳版が出版されるのは、とてもうれしいのですが、レジュメを書いていたところなので、ちょっとせつない感じも……。別に持ちこもうとか考えていたわけではないのですが。

 こちらの作品も、原書が気になっていたところ(結局、通しで読めていないですが)、翻訳版が出ました!

 

 

完璧な家』 

B・A・パリス:著 富永和子:訳

出版社の作品紹介ページ→ハーパーコリンズ・ジャパン

 

 

Behind Closed Doors  by B.A. Paris

 

 こういうふうに、本国でベストセラーになっていたり、評判の良い作品が、翻訳されて日本でも出版されていくのを見ると、出版翻訳者としてやっていきたいと考えている者としては、とてもうれしい気持ちです。出版業界(とくに翻訳もの)は厳しい、と常々耳にしていますが、捨てたもんじゃないですね! 2作とも、読むのが楽しみです! 心して読みます!

(とりあえず、リーディングは別の作品を選びなおそう……。)

ダックスフント

(以前、この写真の子と同じロングヘアーのダックスフントを2頭飼っていました。レッドと、ブルーダップルという、とても珍しい毛色の子でした。)

 

『おやすみ、リリー』のモニターに当選し、刊行に先駆けて読者になる機会をいただきました。ハーパーコリンズ・ジャパンさんに感謝いたします!

 

おやすみ、リリー

 

おやすみ、リリー』 

スティーヴン・ローリー:著 越前敏弥:訳

 

 ハーパーコリンズ・ジャパンより2017年4月刊行(画像はハーパーコリンズ・ジャパンの特設サイトからお借りしました。)

 本作を知ったのは、原書をGoodreadsで見て、読んでみたいなと思ったのがきっかけでした。

 

 

Lily and the Octopus by Steven Rowley

 

 Goodreadsの"Choice Awards 2016"のフィクション部門にノミネートされていて、表紙のダックスフントのイラストに(犬好きなら当然?)思わず目がいきました。そのときは、この作品が日本語で読めるなんて思いもしませんでした!「愛犬の死」というテーマと、Goodreadsで星5つつけていた方のレビューの「泣くってわかってた!」というコメントを見て、「読んだら泣く」予感はしていたのですが……。

 

 結局、まんまと泣いてしまいました。泣いたなんてものじゃない。号泣でした。本を読んで泣くことは結構(年々それが増えている気がします……)あるのですが、ここまで泣くことはめったにないです。わたしが愛犬家で、足元にはすやすやと寝息をたてているわんこがいて、いままでに何度も、身近な人や愛犬との悲しい別れを経験している、とくれば泣いて当然かもしれません。

 でも、これほどまでに泣いた理由はそれだけではありません。それは、この作品の、最初の一行から最後の一行にまで、愛がしみこんでいるからだと思います。心が温かく、元気になる愛もあれば、複雑で、素直に表現できない愛、悲しい愛……。さまざまな愛が、さまざまなエピソードのなかにこめられています。その愛に自分の心が反応し、共鳴して、感極まってしまったのでしょうね。

 

 悲しい場面でも涙しましたが、わたしが最初にじわっときたのは、主人公テッドがリリーと最初に出会った、幸せいっぱいの場面(そこはハーパーコリンズ・ジャパンの特設サイトで試し読みができます)でした。リリーがテッドにはじめて犖世辰伸畍斥佞法△△佞譴鵑个りの無垢な愛を感じ、もうそれだけでじーんと、温かいものがこみあげてきました。

 泣くのって、悲しいときだけじゃないんですよね。「出だしでこれだから、覚悟して読まないと、たいへんなことになる」と気合い(?)を入れたのですが、そのあとも心が刺激されっぱなしで、どうにもなりませんでした。

 読み終わったいまは、『おやすみ、リリー』というタイトルだけで、目がうるんでしまうほどです。このタイトルにも、大きな意味があるということを知ってしまったから。ここにも、悲しくも大きな愛がこめられていたんですね……。

 

 もちろん、ただの爐涙頂戴瓮好函璽蝓爾箸いΔ錣韻任發覆、ユーモアや、ファンタジーのテイストもふんだんに盛りこまれています。アメリカ・ロサンゼルスに住んでいる主人公テッドは、セラピーに通っているのですが(なんとなくアメリカのストレスフルな都会人、という雰囲気が漂います。テッドの場合、セラピーに通う理由は、都会のストレスだけではないのですが)、セラピストのジェニーに対するテッドの態度が滑稽なほど辛辣で、そこは毎回笑ってしまいました。

 タコ(リリーの頭にできた腫瘍)が妙に哲学的なのもユーモラス。状況からしてタコに共感はできませんが、とても魅力的なキャラクターでした。そのタコをリリーの頭から追い出すべくテッドが繰りだす作戦は、どれも突拍子がなく、非現実的で、それだけに、わらにもすがりたいテッドの気持ちが伝わってきて、おかしいやら、悲しいやら、せつないやら……。

 最後に『白鯨』よろしく海に出て、タコと死闘を繰り広げるくだりは、もう手に汗握る冒険物語といってもいいくらいです。こうした一風変わった趣向も、他にはない味わいだと思います。

 

 本作を読んで感じたことがもうひとつ。こんなふうに本を読んで(あるいは映画を観て)泣くという行為は、少なくともわたしの人生には必要なんだなと、妙に実感しました(毎回号泣というわけにはいきませんけど)。

 おかしな例えかもしれませんが、本や映画で泣くのは、狄科屬雖瓩澆燭い覆發里なと。寝ている間に寝返りを打つのは、無意識のうちに体のゆがみや疲れをほぐしている、と聞いたことがあります。『おやすみ、リリー』でさんざん泣いたあと、すっと心が軽くなった気がしました。

 泣くことがストレス発散、なんていう話もありますが、爐いの洵瓩鯲すことは、狄瓦離灰雖瓩鬚曚阿垢海箸任發△襪鵑任靴腓Δ諭わたしの好きなガンダルフもこう言っています。

「わしはいわぬ、泣くなとはな。 全ての涙が悪しきものではないからじゃ」

(『指輪物語 王の帰還』 J.R.R.トールキン:著 瀬田貞二・田中明子:訳 評論社)

 

 いろんな感情が呼び覚まされて、読書の醍醐味がたっぷり味わえ、そして心のコリもほぐれる。愛犬家に限らず、読書を愛するすべての方におすすめしたい作品です。


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