青い万年筆

 

 22日は翻訳ミステリー大賞授賞式が東京で開催されました。地方からえっちらおっちら上京して、こっそり参加してきました。

 今年の大賞は、『その雪と血を』でした! 本賞は授賞式会場での生開票なので、目の前で大賞が決まって大興奮。しかも、自分が読者賞で一票を投じた作品が大賞を受賞したので(読者賞とのダブル受賞)、とてもうれしかったです。『その雪と血を』は、ことあるごとに勉強仲間や読書仲間におすすめしてきた作品なので、なんだか感慨深いものが……

 

その雪と血を

 

 授賞式では、対談あり、出版社対抗のイチオシ本バトルありと、盛りだくさんの内容で、駆け出し翻訳者としては、ひじょうに勉強になりました。一日で一気に「読みたい本」が増えて(増えすぎて)、途方に暮れています。

 

 数日前から読み始めて、東京に着く前に読み終わった本もミステリー。この作品を旅のお供にしました。

 

青鉛筆の女

 

青鉛筆の女』 

ゴードン・マカルパイン:著 古賀 弥生:訳

出版社の作品紹介ページ→東京創元社

 

 「凝りに凝った」という表現がぴったりはまる、説明するのがちょっと難しいミステリーです。ストーリーは、「A:タクミ・サトーという日系アメリカ人の作家による、日系アメリカ人(スミダ)が主人公のミステリー」、「B:その作家がウィリアム・ソーンというペンネームで執筆した、ジミー・パークという朝鮮系アメリカ人を主人公とするミステリー」、そして、「C:その作家とやり取りしていた、出版社の編集者からの手紙」という3つのパーツで成り立っています。章ごとに語り手や時間軸が変わるミステリーは多いですが、本来まったくの別物であるはずのAとBが、リンクしながら進んでいく展開は、なかなかスリリングでした。

 

 作品の時代は戦時中で、真珠湾攻撃以降、厳しい立場に立たされた新人の日系アメリカ人作家タクミは、作品を世に出すために、途中まで執筆が進んでいた、日系アメリカ人スミダを主人公とした作品(Aの元作品)を、朝鮮系のジミー・パークを主人公とする作品(B)へと、大幅に変更することを余儀なくされます。出版社の編集者から手紙(C)を介して様々なダメ出し、要求をつきつけられ、タクミはそれにひとつひとつ応じながら、作品を書いていきます。主人公の人種、キャラクター設定のみならず、作品のジャンル(ハードボイルドから低俗なパルプスリラーへ)も変え、あげくの果てにペンネーム(日系人だということを伏せるため)を使うよう迫られ、もう自分の作品とはとても言えないもの(B)を、ひたすら書き続けていく……そんなタクミの感情を想像すると、背筋が寒くなりました。

 こうして不本意な作品を「書かされて」いたタクミは、出兵後、戦地で「書きたいもの」を書くわけですが、それがAです。彼が主人公に選んだのが、Bを書くために「存在を消された」あの日系アメリカ人、スミダというのですから、作家の心情は推して図るべし、です。中断していたAを再び書き始めたともいえるのですが、最初に書き始めた頃とはタクミ自身を取り巻く状況が大きく変わっている。そこで、作品の世界も、中断したところから再開するにあたり「一瞬世界が暗転したかと思うと、何もかも変わっていた」という設定にします(このあたりはちょっとSF風)。

 当然、スミダにしてみれば、まったく訳がわからない状況に放り込まれてしまうわけで、作家が味わった理不尽な仕打ちが、フィクションという別の形で表現されているといってもいいでしょうか。AもBも、単独の小説としてみれば、ミステリーのジャンルに入ると思いますが、この『青鉛筆の女』という作品全体で考えると、最大のミステリーは「スミダがAで味わっている世界」ではないかと感じました。つまり、スミダにとってのミステリーなのではと。

 

 この作品、あまり複雑に考えて読んだり、深読みすると、逆に作品のいいところが見えなくなってしまう気もします。素直に、3つのパーツが交錯する虚構の世界にひたる、というのが正解なのかもしれません。

 

 ところで、アメリカでは、編集者が原稿に「青」を入れる(青いペンでコメントを書く)ので、「青鉛筆」になるようです。これが日本だと「赤」になるわけで、タイトルも「赤鉛筆の女」……なんだか「赤ペン先生」みたいでしまらない感じ。原題がWoman with a Blue Pencilなので、翻訳版のタイトルは直訳なんですね。今年の翻訳ミステリー大賞に選ばれた『その雪と血を』(原題はBlood on Snow)もそうですが、翻訳書を出版するうえで、タイトルの「引き寄せ力」は大きいなと思いました。


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