水滴

 

 ここのところ、意識してノンフィクションを読むようにしています。そして出会った本がこちら。

 

煙が目にしみる

煙が目にしみる:火葬場が教えてくれたこと

ケイトリン・ドーティ:著 池田真紀子:訳

出版社の作品紹介ページ→国書刊行会

 

 夜寝る前に少しずつ読もう、と思って読み始めると、面白くてぐいぐい引き込まれてしまいました。死の儀式である狒魑鍬瓩テーマの本なので、おもしろい、と言っていいのか?ですが、ちょいちょい顔を出す著者の爛屮薀奪すぎる瓮屮薀奪ユーモアに、笑わずにはいられませんでした。

「初めてひげ剃りをした死体のことを、女は死ぬまで忘れない」と、なんだか退廃的なフィクションのような書き出しで始まります。幼いころに目撃した犹爿瓩鬚っかけに、死というものにとらわれてきた著者ケイトリン。大学卒業後(大学では中世史を専攻し、犹狎鹸儉瓩亡悗垢誅席犬鯑匹澣り、猖盻裁判瓩鯊艦世離董璽泙冒んだらしい)、まさに狹┸悗望茲蠅海爿甍婬すみでサンフランシスコの葬儀社に就職し、火葬技師(そんな職業があるとは知りませんでした)として働き始めます。そこでの体験をもとに、ケイトリンが見た死者や家族の姿、アメリカの葬儀の現実、死に対する意識と、ケイトリン自身の葬儀への思いを綴ったのが、この回想録『煙が目にしみる』です。

 この本を読みながら、わたし自身がかかわった葬儀を思い起こし、葬儀というものは、亡くなった人のものである以上に、見送る人のものなのかもしれないなと、あらためて感じました。当然、生前葬でもなければ、実際に葬儀を執り行うのは遺族(もちろん、遺族以外の場合もありますが、どちらにしても亡くなった人以外の誰か)です。昨今、終活やエンディングノートという言葉が聞かれるようになりましたが、自分の葬儀をどうする(どうしてほしい)のか、決めている人は少ないでしょうし、わたしもはっきりと意思表示したことはありません。それをしておくべきかどうか、ということも含めて、いろいろと考えさせられる本でした。

 死というものを研究(追及?)していた著者だけあって、さまざまな文化の葬儀や死生観が紹介されているのも、読みごたえがありました。日本の「イザナギとイザナミの神話」や納棺師の話も登場します。そうした知識と葬儀社での現場体験をもとに、著者ケイトリンは狒魑轡廛薀鵐縫鵐悪瓩硫饉劼鮴瀘し、狒魑靴療粗算姚瓩茲蹐靴、精力的に情報提供などの活動を続けているそうです。

 ここ数年読んだ本のなかに、同じテーマを扱った本はなかったので(葬儀がテーマの本なんて、そうそうないと思いますが……)、貴重な読書体験ができました。翻訳書の意義である異文化体験、それもかなり異色の体験を提供してくれて、なおかつおもしろいという、人にすすめたくなる(食わず嫌いせず、ぜひ読んでほしい)一冊でした。

空と鳥

 

 アメリカで話題のベストセラー、翻訳書が刊行されていたので読み始めました。ちょうど終盤にさしかかったところですが、このまま最後まで一気に読みたいけれど、読み終わるのが惜しい、もっと読んでいたい……読んでいて、そんな気持ちになりました。

原書はこちら。

 

 

When Breath Becomes Air by Paul Kalanithi

 

こちらがその翻訳書。

 

いま、希望を語ろう

『いま、希望を語ろう』 

ポール・カラニシ:著 田中文:訳

出版社の作品紹介ページ→早川書房

 

 原書と日本語のタイトルが大きく変わっている点、おそらく賛否両論あるでしょうが、わたしは邦題も素敵だと思いました。"When breath becomes air"は、「吐息が空気に変わるとき」すなわち「命あるもの」だった息が、単なる空気となってしまったとき、と「生と死」を暗示しているフレーズだと解釈しています。邦題は原題とまったく異なるといえばそうなのですが、ここまで読む限りでは、著者のポールさんは「死のなかに生を見ていた」と感じたので、そういう意味からも日本語の「希望」という言葉を使うのは間違いではない気がします。まさに、希望を語っているわけなので。

 ポールさんが最初は医学ではなく、文学を学んでいたというところが、文章にも如実に表れています。随所に文学からの引用や、それ自体が文学(詩)とよべるような言葉が散りばめられています。彼は「生物学と、道徳と、文学と、哲学はどこで交わるのか?」という疑問の答えを得ようとして、初めは文学のほうからアプローチしていたわけですが、やがて「真の生物哲学を追及する」ためには「直接体験」が不可欠であるという結論に至り、生死と直接かかわる医学(脳神経外科)の道に進みます。そしてがんに蝕まれ、それまでは患者のものであり、医師として傍らで寄り添う立場であった「死」が自分のものとなったとき、ふたたび文学の世界に戻っています。そこに、文学の意義、意味を感じました。ポールさんも本書でこう言っています。

死の意味を理解するための言葉を、自分という存在を定義して、ふたたびまえに進む方法を見出すための言葉を探した。直接体験という特権を得たことによって、文学作品からも、学術的な著作からも離れていたのだけれど、今では、直接体験を理解するにはそれを言語に翻訳しなければならないと感じていた。(中略)前進するために、私は言葉を必要としていた。

 何かを書き記すこと、言葉を綴ることは(そしてそれを読むということも)、生きていることの証なんでしょうね(ということは、このブログもある意味わたしの「生存証明」になるのか……)。それにしても、文学の意味を、医師が書いた回想録のなかに見つけることができるとは……意外な出会いでした。

 原文を読んでいないのでなんですが、翻訳がとても読みやすく、おそらく原文で表現されていたであろう、ポールさんの生きるということへの真摯な姿勢や、ひとつひとつの言葉を大事にする気持ちが、翻訳に反映されているのがわかります。エッセイや回想録といったたぐいの作品を訳したことはないのですが、訳者が自分の主観に流されず、かつ、原文から感じとった印象を大事にして、訳者自身の言葉で表現する、ということが、ほかのジャンル以上に求められるのではないかと思いました。

 今日はここまでにして、エピローグは明日読むことにします……。

孤島

 

 昨日、日本翻訳大賞に作品を推薦させていただきました。残念ながら、時間がなくて1作品しか推薦できませんでしたが……。

 サイトに掲載されている推薦文を読んでいると、みなさんよくまとめていらっしゃる。とても参考になりました。

 そのなかで気になった作品が図書館にあったので、借りてきてしまいました。

 

Atlas of remote islands

 

奇妙な孤島の物語 私が行ったことのない、生涯行くこともないだろう50の島

ユーディット・シャランスキー:著 鈴木仁子:訳

出版社の作品紹介ページ→河出書房新社

 

 世界の「孤島」を紹介する本なのですが、写真は一切ありません。島の地図(かなりシンプルです)に添えられているのは、短いエピソードやエッセイ、つまり文章だけ。ですが、それがかえって想像力をかきたてるのが不思議です。子どもの頃、世界地図を見てわくわくしたことを思いだします。

 まだ冒頭しか読んでいませんが、とにかく翻訳がすばらしい!。

 ノンフィクションの翻訳をやらせていただいて、「説明文」を「説明調」になりすぎずに訳す難しさに愕然としました。読者にまわりくどい、もたもたした、読みづらい印象を与えない文になるよう意識したつもりですが、なかなかうまくいかず……考え過ぎてよけいに「ややこしい」文章になったり・・・

 この『奇妙な孤島の物語』の翻訳は、美しいのです。原文を損ねることなく、かつ、流れるような日本語になっています。どうすればそんな翻訳ができるようになるんでしょう。たくさん良質の文章(原書と翻訳の両方)に触れ、自分のものになるよう吸収していく、これしか思いつきません。

 ともかく、この本は仕事の合間に、少しずつ読みたいと思います。

 

 気になった本を全部購入していたら、本棚がパンクする&経済的に厳しい(涙)という状況に陥ります。なので、文庫本はできるだけ買って、ハードカバーは図書館で借り、読んで気にいったら買う、という方向に落ち着きました。でも、少しでも出版業界に貢献する、という意味では、ハードカバーこそ購入すべきなんですよね……うーん。

大塚国際美術館

 

 芸術の秋。バチカン、じゃなくて徳島県鳴門市にある大塚国際美術館に行ってきました。こちらを訪れるのは初めてではないのですが、いつもながらこのシスティーナ礼拝堂には圧倒されます。

 今回は、現代の作品をゆっくり鑑賞しました。

 観光客にはこの礼拝堂や、ダヴィンチの作品が人気のようですね。

 わたしは、朝一番、現代の作品が配置されたフロアに直行したのですが、人もまばら……(人がいても、なぜかみなさん足早に進んで行く……)

 

ゲルニカ

 

 ゲルニカを独り占めでした。

 ほかにも、「食卓の情景」「生と死」「時」といった興味深いテーマ展示もあり、音声ガイドで「見どころ」や「作品の比較」などのレクチャーを聞きながら鑑賞したところ、とても勉強になりました。

 特に、絵のなかで時間を表現するために、時間を擬人化したり(ある絵には、時は「老人」の姿で描かれていました)、1枚の絵に異なる場面を描いたり、連作にしたり、といった工夫がなされている、という解説が興味深かったです。

 

 ちょうどいま読んでいる本(Big Magic: Creative Living Beyond Fear by Elizabeth Gilbert)が「クリエイティブな生き方」をテーマとした本なので、美術館訪問はとてもよいタイミングだったと思います。

 "Big Magic"は、現在受講中のリーディングの通信講座の課題本として読んでいます。課題本は自分の好きな本を選択できたので、ノンフィクションのジャンルででいい本はないかと探していたところ、この本に出合いました。(Elizabeth Gilbertさんは『食べて、祈って、恋をして 女が直面するあらゆること探求の書』の作者ですが、そちらは未読で、映画も観ていません……)

「クリエイティブに生きる」と聞くと、なんだか敷居の高さというか、特別なことのように思ってしまいがちですが、Elizabethさんいわく「何かを作ったり表現したりすることは、人間本来の性質」であり、クリエイティビティは「選ばれた人だけが持つ才能」などではないし、「作りたいものを、好きなように作っていい」と。

 自分のところにやってきたインスピレーションを大切にして、周りの評価など気にせず、前向きに、ひたむきに取り組むこと、それがクリエイティブに生きるということなのだと。

 

 と、まだ途中までしか読んでいませんが、「文芸翻訳」も創作の一種ですし、クリエイティビティを求められることなので、Elizabethさんの言葉に勇気づけられました。

1

Profile

Archive

Search

Other

Mobile

qrcode

Bookshelf

Murder, She Barked
Free Days With George: Learning Life's Little Lessons from One Very Big Dog
Not a Sound
Killing Trail
The Education of Will: A Mutual Memoir of a Woman and Her Dog
Wishtree
See You in the Cosmos
Stalking Ground
 
Not a Creature Was Purring
Dog Songs
The Lost Words
The Darkest Thread
The Snow Child
I Could Chew on This: And Other Poems by Dogs
You Need More Sleep: Advice from Cats